AIの時代に、手でかたちをつくるということ

AIの時代に、手でかたちをつくるということ

久しぶりにブログを書いてみようと思います。テーマは、昨今のAIの台頭と、造形物をつくるという仕事の関係です。答えが出ているわけではなく、日々悩んでいることを思いつくままに書いてみます。

世の中は、たくさんの人が表現したもので溢れかえっています。そしてその中には、AIによって生成されたものも確実に含まれるようになりました。

私自身も例外ではありません。AIの勉強会で教わった方法で、VS CodeというソフトにClaudeのプラグインを入れ、ちょっとしたソフトウェア、今の言葉で言えばアプリのようなものを作ってみたり、研究内容の清書を手伝ってもらったりと、AIに触れない日はないくらいの毎日を送っています。

使っていると、「もうちょっと自分の内面を汲み取ってよ」と思うこともあれば、自分では思いもつかなかった視点を指摘されてはっとすることもあり、いろいろと振り回されています。どんな言葉で問いかけるかによって、返ってくる答えがまったく違ってくる。その面白さもまた、使ってみて初めてわかったことです。

先日、仕事でお話しする機会のあった映像の仕事をされている方が、こんなことをおっしゃっていました。映像の業界ではAIの台頭によって、作家性がなければ厳しくなってきている。むしろ形のある実物をつくる仕事のほうが、映像の中だけの世界よりも、この先も道があるのではないか、と。
その言葉が、ずっと心に残っています。

私たちFESは、「感動してもらえるものをつくる」ことを理念にしています。そのためには手段を選ばない、というつもりでやってきました。3Dデータも、CNCも、3Dプリンターも、より良いものをつくるための手段です。AIもきっと、その延長線上にある道具のひとつなのだと思います。
実際、AIに任せたい作業もあるにはあります。けれど一方で、「これはAIでつくったのね」とわかった瞬間に、なんとなく陳腐に感じてしまう。それもまた、人間というものではないでしょうか。

人が長い時間をかけて磨いてきた職人の技術を、そこに込めてほしい。そうして生まれたものには、何かが宿るのではないか。見る人も、つくる私たちも、心のどこかでそんな希望を持っているように思うのです。

AIを使うことと人の手でつくることとは、対立するものではないのかもしれません。ただ、便利さの中で何を手放さずにいるべきなのか。その問いを抱えながら、今日も造形の現場に立っています。